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 ツラン源郷への日本民族大移住計画 1  
          (世界戦略情報「みち」平成24年(2672)7月1日第363号) 


●胸がわくわくするような壮大な構想に出逢った。満洲興安嶺を東の境界、ウラル山脈を西の果てとし、パミール高原を南の境とするユーラシア大陸のど真ん中の広大な地域に日本民族を大移動させようという計画である。賢明な読者はすでにお気づきのように、これは現代の話ではない。戦前の、満洲建国直後の提案である。ただ、たとえ「満洲こそ日本の生命線だ」と多くの日本人が考え、満洲に新天地を求めて移住する者が日本各地から旅立った当時にあっても、こんな大風呂敷は誰からもまともに相手にされなかったのではなかろうか。
 移住先として構想された地域は大方の日本人にとっては聞いたこともない未知の場所であった。それが日本人を含むツラン民族の源郷だと言われても、ほとんど民族の記憶からも歴史からも消え失せていて、信用されるどころの話ではなかった。
●ツラン民族の源郷への日本人大移住計画をぶち上げたのは、ツラン協会の論客だった野(の)副(ぞえ)重次(しげつぐ)『ツラン民族運動と日本の新使命』(昭和九年、日本公論社刊)である。その巻末に置かれた「結語」の中に述べられている。

 顧ればツラン民族の大宗たる日本人は、日本列島に移住して以來、殆んど四千年、世界史上の舞臺より遠く離れ、その島國に閉ぢこもり、その大陸の同胞の興亡とも殆んど絶縁して、ひたすら、獨特の民族的成長を續けてきた。長い蟄居であつた。
 然し、靜觀すれば、この長い蟄居も、將來伸びんがための、ツラン民族に再び生命を與えんがための、貴い準備的蟄居であつたのだ。ツラン民族の民族的危急に備へんがための神秘的にも貴き用意であつたのだ。彼は、今、數千年間鍛え上げたる心身を以て、その大使命を遂行すべく、敢然として、大陸、祖先の地の一角に、その勇姿を現したのだ。
 誠に不思議なる因縁であり、大業である。この日本ツランによつて、再び神聖なるツラン民族とツランの祖国とは回復され、再生され、又世界人類文化史上の一大新使命が遂行されるのだ。
 今や日本列島は、その歴史的使命を終へた。されば、我々日本人は最早や、日本列島に、これ以上の發展を希求すべきではない。我々日本人は、この日本列島に、民族成長の苗床としての使命と功績とを認めてやればよい。そして我々は、同胞民族の招請に應じて、この苗床より出でて、ツランの郷土、清浄なる北方アジアの祖國大陸に歸り、ここに天を摩する大木に成長しなければならぬ。誠に、大陸ツランの地は、この使命遂行のための宿命的存在だ。
 再言す。大陸還元、祖國還元、民族大移動、大陸遷都、ツラン聯邦の樹立、これぞ現代日本民族、特に青年に負荷せられたる最高使命であり、又新日本の建設的指導原理である。
 ツラン時代は、遂に我等の目前にあるのだ。

●壮大な構想というも愚かな大風呂敷を拡げたものである。破天荒の大言壮語とも言える。私も最初はそう思った。実はこの本を宮崎哲夫氏から戴いて、すぐに一読したが、驚き呆れ物も言えなかったというのが正直なところだ。しかし、忘れはしなかった。すると、ジワジワと野副の真意が滲(し)みてきたというか、伝染したというか、これは捨て置けないという思いに替わったのである。少なくとも野副は大アジア主義に災いした支那への恋慕がない。それが野副に共感する入口だった。 

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